そのままの宛名

死ぬのってお産みたいだな、とナスミは思う。

子供を産んだことはないけれど、陣痛みたいだと思う。

生きたいという気持ちと、

もういいやという気持ちが交互にやってくる。

少し前までは、その間隔がたっぷりとあって、

何日も落ち込んだ後、突然、何かしら晴々とした気持ちになり

ゲラゲラ笑いながら過ごしたりした。

その間隔が日に日にせまくなってゆくのがわかる。

最近は、発作的に強烈に生きたいと思ったかと思えば、次の瞬間、

いやもう充分だと思ったりしている。

人が見たら、ナスミは静かに病室のベッドで

眠っているだけに見えるかもしれないが、

心の中はいつも揺れていた。

陣痛のように、行ったり来たりする

あいはんする気持ちの間隔がそのうちなくなるのだろう。

ぴったりと重なって、心の中の矛盾が消えてしまったとき、自分は終わってしまうのだろう。

とてもリアルに、そんなふうに確信する。


『さざなみの夜』

(木皿 泉=著、河出書房新社)より抜粋



みなさん、こんばんは。

9月に入って、来年のカレンダーを予約するはがきが届きました。

いわさきちひろさんの壁掛けのカレンダーは、

もともと叔父が好きで買っていたもので、

叔父が亡くなって父がそれを引き継ぎ、

父が亡くなって私がそれを引き継ぎました。


父が亡くなった時に引越しもしたので、

カレンダーの事務局の人に住所変更の依頼をしました。

だけど、宛名は父の名前のままにしておいたんです。


人が亡くなると、もうその人宛の年賀状も、

手紙も、通知も、ダイレクトメールさえも届かなくなる。

あたりまえなんだけど、父がこの地球上に存在していたことを

誰かに消されてしまうような気がして、呆然としてしまいました。

すこししたら、なんだか腹も立ってきた。

だから、よく分からないなにかに抵抗したくて、

宛名はそのままにしておいたんです。


1年があと残り4ヶ月くらいになったとき、このはがきが毎年届きます。

父の名前を見ると、すこし驚いて、心底ほっとします。

忘れた頃にやってくる、私のお守りのようなもの。




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